沿革
1985年7月のある日、7人の通信業界のエキスパートたちが、あるアイディアについて話し合うため、サンディエゴのDr. Irwin Jacobs(アーウィン・ジェイコブス)の家に集まりました。先見性を持ったこれらのエキスパートたち、Franklin Antonio(フランクリン・アントニオ)、Adelia Coffman(アデリア・コフマン)、Andrew Cohen(アンドリュー・コーエン)、Klein Gilhousen(クライン・ギルハウゼン)、Irwin Jacobs(アーウィン・ジェイコブス)、Andrew Viterbi(アンドリュー・ビタビ)、Harvey White(ハーヴェイ・ホワイト)の7人は、「QUALity COMMunications(高品質の通信)」を築き上げたいという希望をもって、事業プランを練り上げました。この小さな集まりから始まったプランは、通信業界で輝かしい成功を収めた企業、Qualcomm Incorporatedへと発展を遂げました。
設立当時のクアルコムの事業は、ワイヤレス通信市場向けの調査や開発サービスを提供することでした。また、商用製品の開発にも力が注がれ、 この結果、OmniTRACS®が生まれました。1988年に登場したOmniTRACSは現在、人工衛星をベースとした米国運輸業界最大の通信システムとなっています。
クアルコムの現在の知的財産には、米国における10,100以上のワイヤレス技術の特許が含まれており、世界中で165社を超える通信機器メーカーにライセンス供与しています。
クアルコムは、この事業の成功によって、既存のワイヤレスの常識から大胆な脱却を図ることとなったのです。1989年、米国電気通信工業会(TIA)は、TDMA(Time Division Multiple Access 時分割多重接続)と呼ばれるデジタル技術を承認しました。それからわずか3ケ月後、クアルコムは、CDMA(Code Division Multiple Access:符号分割多元接続)テクノロジを発表しました。これは世界中のワイヤレス通信を劇的に変化させることとなりました。
今日、クアルコムは世界中の3Gと次世代型ワイヤレスの急速な普及と成長において中心的な役割を果たしています。クアルコムの現在の知的財産には、米国における10,100以上のワイヤレス技術の特許が含まれており、世界中で165社を超える通信機器メーカーにライセンス供与しています。
1985年以来、技術革新におけるクアルコムの先見的なリーダーシップは世界的な流れを前進させ、人々の通信、仕事、生活の様式を向上させることで変化をとげてきました。それと同じ開拓者精神を維持しながら、クアルコムはさらに発展を続け、可能性の限界に挑み、そして1つずつアイデアを実現しながら世界を変えています。
CDMAの起源はハリウッドにある!?
かつて世界で最も美しい女性と言われた女優のHedy Lamarr(へディ・ラマール)は、1930年代から40年代における最も魅力的なハリウッド映画スターの1人でした。しかしながら、Ms. Lamarr(へディ・ラマール)には、聡明であるという、もうひとつの才能がありました。
前衛的な作曲家のGeorge Antheil(ジョージ・アンタイル)の協力を得て、Lamarr(ラマール)は1回の無線通信に複数の周波数を使えるという考えに基づいた周波数ホッピングの技術を発明しました。この概念は最終的にはCDMA 技術の基礎となり、1995年、クアルコムは初の商用化に成功しました。ひとりのすばらしい女性の独創的なビジョンにより、今日、CDMAとその中心的な原理はワイヤレス通信の土台となっています。
「映画製作の場所と時期は限られているが、技術は永遠のものである」 - Hedy Lamarr(へディ・ラマール)
